はしりごとブログの最近のブログ記事
震災からちょうど15年経った神戸は見違えるように復興している。
清潔感溢れる中心市街地が印象的だった。
震災があった95年、寛平さんが被災者への激励を込めて走った24時間テレビで当地を訪れたときに目の当たりにした市役所のぺしゃんこに潰れてしまった4階フロアーの様子は忘れられない。
夕方、冷え込んだ寒空の京都で西院にあるちゃんこ鍋を「串虎」で囲んだ。
心までぬくもる鍋に感謝。マラソン行脚の道すがらで。
冬晴れの湘南大磯の海岸で谷川真理さんと波打ち際をジョグ。相模湾の海は素晴らしい湘南ブルーと真っ白な波頭のコントラストを描き出していて、気分はサイコー!江ノ島のグリーンも箱根の山並みも雪を頂いた富士も一望にできる湘南ってホントにいい所だとつくづく思う。市民ランナーから生まれ、トップランナーに上り詰めた真理ちゃんと会うのはホントに久しぶり。現役をひいたあとも相変わらず爽やかさとランナーとして今の自分を更に上のステージを目指そうとしている意欲的な彼女は素晴らしいと思った。今は故障を抱えて七転八倒している小生だけど、また機会があれば一緒にジョギングしてみたいと思う。
真理ちゃん、取材クルーの皆さん、ありがとうございました。
今日ははじめてフルマラソンにチャレンジする初心者の練習。髭男爵の樋口真一郎クン、クワバタオハラのクワバタさん、そして種子島出身の上原美優ちゃんの三人だ。みな、初心者で勿論、マラソンは初めて。本番まではたった1ヶ月しか時間がない。
走りはそんなに簡単じゃあないことは確かだけど、私は企画といってもせっかくの機会だからこれをきっかけにランニングすることに興味をもったり、これからは少しでも走ってみようかな?と感じながらゴール、本番を迎えてもらえた、と思いながら三人と練習をしてみた。
42.195kmの距離感もカラダの変わり方も想像すらできない状況の中、走るとカラダのどこを使うのか?走り方はどんなふうにすれば良いか?日常生活の中で気をつけたら良いことは?気持ちの持ち方は?などを話ながらまずは初ランニングを体験してもらった。短期間でマラソンにチャレンジするうえで大事なことは、歩いても走ってもともかく長い時間カラダを動かす訓練・入浴による疲労回復の方法・睡眠の取り方・ランニングはリズム、といった初歩的なことに終始したが、うまく理解してこれからの残された時間を有効に使って、ポジティブな状態で本番を迎えて欲しい、と思う。
寛平さんとは90年の出会い以来、私の人生に大きな変節を与えてくれた恩人です。この間、寛平さんがチャレンジしたあらゆるマラソンに同行させて頂き、彼の人柄とランニングへの真摯な姿勢や技術をを問わず語りに教えて頂いたわけです。勿論、今回のアースマラソンについてもはじめからお手伝いしてきました。殊にアースマラソンのようなロングランに対しては現場でできる細心のチェックはしてきていたが、病は期せずして襲来する訳で、ある意味懺悔に堪えない悔さが残ります。
この20年間、寛平さんはウルトラの世界で心も技術も高みに昇っていました。一方の私は57歳時点で腰に決定的障害を抱えることになり、少なくとも共に走ることが難しくなってきてしまい、「走る」ということでは少なからず寂寥感を抱きながらアースに関わってきていました。
寛平さんはこれからが本当の闘いです。その闘いは我々の想像を超えたものになるだろうし、軽々しく語れないことになるでしょうが、寛平さんがアースマラソンに賭けた思いの万分のひとつでも手伝いたい、今はそんな気持ちだけが激しく心に去来しています。
頑張れ、寛平さん!
珍獣ハンターイモトとの24時間は腰と股関節痛との闘いだった。
起業したランナーズ・ウェルネス社も17年目を迎え、いよいよ長年培ってきたランニングを通じた地域や人への還元事業に進化させるための萌芽の兆しが現れはじめた一年でもあった。
今日は例年やってきた「走り納め」をやって来年、改めて自分のカラダの再生を期すことへのけじめをつけてきたい。みなさんにとってはどんな一年でしたか?
来年もまたどこかの会場で私を見かけたら一声かけてください。楽しみにしてます。
軽井沢の教会で結婚式に出席した。
晩秋の軽井沢は朝から雨だったが、式が始まる頃には上がり、薄日が差すほど回復。
今日の式の主人公は・・・・はとこの直子。アテネ五輪のソフトボールでメダリストになった全日本のピッチャーの坂本直子だ。お相手もソフトボールの選手で二人ともカラダガでかい!おそらく大きな子が生まれることだろう、楽しみだ。
秋日和、という言葉がピッタリな陽気。
湘南大磯は穏やかな相模湾からの心地よい潮風が城山や万台こゆるぎの森にかけてゆったりと流れている。
かって多くの宰相や文人墨客が愛したこの地は、首都東京からも遠からず、西には名湯の数々を誇る箱根が控え、東には中世日本の歴史舞台となった鎌倉がある。温暖な気候にも恵まれた土地柄だ。
今日は日頃からうかがってでも会いたいと願っていた大磯に住む皆さんとお会いする機会を頂くことができた。大磯小学校の招きでPTAのお母さん方への講演である。
小学校に通うお子さんのお母さんたちだが、この方たちが将来の日本を背負う“国の宝”(古いのかな?)を育ててくれる皆さん、と考えると、四方山を語りながらも心中(宜しく頼みますよ!)と願わずにはいられなかったのが本音である。
語りは24時間テレビのことや健康管理のこと、ランニングの効用のことなどに加え、大磯町と私とのつながりなどを伝えさせてもらった。
大磯は私が幼少のころから海水浴などで毎年訪れていたところで、長じた後も「いつかはこの地で住んでみたい・・」というほどの思いを抱いていたところでランニングをするには格好の環境を備えたところでもある。
日本最古といわれる花水川サイクリングロードや湘南平を頂く高麗山の山なみ、そして大磯海岸の砂浜、と体調や目的に応じて縦横にコースがとれる大磯はまさにベストポジションといえる。勿論、大磯町内には鴫立庵をはじめとした幾多の歴史的事物も点在しているから走りながらこれらの事物をへ巡ることも楽しめる。
大げさに言えば山紫水明に恵まれた土地柄、それが大磯なのである。
近年、関東エリアへの台風の襲来はあまり無かったので久々の上陸、という印象がある。台風の規模をあらわす低気圧値や最大風速値、移動速度や暴風雨範囲などから「巨大規模」という気象庁の表現だった。
以前勤務していた会社は電力供給会社だったので、ひとたび台風襲来、といえば台風の推移を監視し、電力設備の被害状況把握と対策のために徹夜で仕事をしたものである。温暖化やエルニーニョ現象など台風発生メカニズムが変わり、台風の規模も巨大化の傾向にあるような気がする。
日本列島は環太平洋の位置から洋上で発生した台風が9~10月に上陸することが通常で、四季の移り変わりとも密接な関係を紡いでいるから大騒ぎするよりも来る自然現象を受け止め、その蹂躙のなかで工夫して生活するくらいの心をもちたいものである。なぜなら、所詮、人間は自然界で生かされている生きものでしかないからである。

2016年開催のオリンピック候補都市に残っていた東京が最終プレゼンの結果、落選した。マドリッド、リオデジャネイロ、シカゴ、東京の4都市で開催地に選ばれたのは南米ブラジルの首都リオデジャネイロだった。
東京招致の大使としてコペンハーゲンをひとつの目標として26000キロをひた走り、海を命懸けで渡って招致委員会を応援してきた我らが寛平さんの願いも虚しく、北欧の海の藻屑と化してしまったのである。
寛平さんも大使として頑張ってきた。というよりアースマラソンでのひとつの大きな目標になってきた感があった。最終投票の様子をリアルに体験することなど初めてだろうし、結果をまのあたりにして何を感じたのだろうか?
明日から再び日本に向けたアースの旅が始まる。孤独な大地との語らいを、見知らぬ異国の人々とのふれあいを、どう感じながら走ってゆくのたまろう?「コツコツゆきますワ・・」と笑顔で応えてくれる気がする。







